難病ALSと闘う inayan777のブログ

私は現在ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と闘っています。この難病は10万人に1人と言われる原因不明の神経性難病です。今から100年以上も昔に発見された病気ですが、現在の医学では治すことができないのです。症状の進行は驚くほど速く、発症して1年3ヵ月後に胃瘻を造設して、その4ヶ月後には両肩関節機能全廃となり、身体障害者手帳3級(現在2級)になりました。介護認定も行っており要介護5になりました。このブログでは発症してから現在までの経緯や日々進行していく身体の変化、日常生活の様子、現在感じていることなどをご紹介していきたいと考えています。私は同じような難病や病気と闘っていらっしゃる方々と共にこの難病と闘い、絶対に乗り越えていこうと思います。また、この難病に少しでも関心をもってくださっている方々からもアクセスしていただければ大歓迎です。日々進行していく病気との闘いとの恐怖の中で、心だけは絶対に負けないように生きていこうと思います。ともにがんばっていきましょう!!

レスパイト入院を続けてます

先月28日からレスパイト(看護で疲れている家族を休ませるための入院)で入院中です。今日日曜日は外出届を出して自宅にいます。

1週間で退院する予定でしたが、検査が豊富でリハビリも充実していて、在宅療養では解決できない問題をクリアーしたいので今月下旬まで延期することにしました。


もう一つ理由があります。近い将来に人口呼吸器を装着してから、レスパイト入院が可能な病院が現在入院中の病院しかないので、今後もレスパイト入院が必要なときはこの病院にお世話になろうと考えています。

今回の入院は看護師さんや理学療法士さんなどに自分を知ってもらうためには良い機会です。入院して3週間になりますが、何度か顔を合わせることにより、ナースコールをすると何をやってほしいのか言わなくても分かって下さっている看護師さんが少しずつ増えています。これはとても大事なことですね。気管切開をすると声が出せなくなるので、とくに看護師さんとは今のうちにできるだけ多くコミュニケーションしたいと思っています。


先日はとても嬉しかったことがありました。私は鼻炎が酷くて鼻漏が多いので鼻の掃除や唾液吸引が多いのですが、ベテランの看護師さんがマニュアルを作って下さったのです。
病室の壁に貼れば看護師さんにいちいち説明しなくてもいいのでとのことでしたが、看護師さんの真心が感じられて感激しました。


入院中いつも楽しみにしているのが夕暮れの景色です。この病院からは遠くの山が見えないのが残念ですが、この季節らしいとても素晴らしい夕景でした。


楽しいことはまだありました。患者会を通じて知り合いになったIさんも入院されていたのです。PTの先生が引き合わせて下さりお話ができました。もう一つありました。以前別の病院でお世話になった看護師さんが、4カ月前にこの病院に移ってこられていたのです。入院した翌日に病室を訪ねてくださいました。嬉しいですね。入院初日に実施した呼吸機能検査の結果が、前回4月と比べると予想以上に数値が下がっていたので気持ちが落ち込んでましたが、元気を取り戻しました。
多くの方々からのご支援を力に変えてがんばって生きます。



レスパイト入院しました

8月28日からレスパイトで入院しています。レスパイト入院とは在宅療養の患者が、介助で疲れている家族を休ませることを目的とした入院です。

レスパイト入院は都道府県によって地域差があります。レスパイト入院するために必要な条件(例えば身体障害2級以上とか人口呼吸器装着者)を条例で定めている地域差が多いですが、この県は条例には難病協力病院名が明記されていますが、「レスパイト入院」についての文言がなく整備が遅れています。
今まで患者家族会等、医療・介護スタッフなどから得た情報では、往診医が総合病院の場合はそこの病院でレスパイト入院したり、クリニックの場合は提携病院を紹介してもらってレスパイト入院している患者さんもいるようですが、一方でレスパイト入院先がなくて困っている患者家族もいます。


私は今年に入ってから唾液吸引が増え、また首の不安定が増して家族が常時介助で疲れているため、レスパイトができる病院を探していました。介護施設でお試しショートステイをしたり、療養型病院でレスパイト入院しましたが、気管切開や人口呼吸器を装着した場合は受け入れてもらえないため、気管切開後も長期にわたってレスパイトできる病院を確保していく必要がありました。


医療スタッフ、介護スタッフやケアマネージャーさんに相談しても、見つかりませんでしたが、地区担当の保健師さんに相談しましたら、重度難病患者をレスパイト受け入れしている病院を紹介してくださいました。実はその病院がALS患者を多く受け入れていることを知っていましたが、病床が少ないので申し込んでも容易に入院することが難しいと聞いていたので諦めていたのです。保健師さんにこのことを話しましたら、主治医(毎月1回受診の大学病院)に紹介状を書いてもらうようにアドレスしてくれたのです。


こうして本格的なレスパイト入院が実現したわけです。入院して1週間になりますが、平日は毎日リハビリがあり、検査内容も豊富で満足しています。難病患者の病棟にいるので、看護師さんは他の病院と比べると忙しいようで、ナースコールしてから病室に到着するまでに時間がかかることがありますが対応が良いです。
入院期間を延長して在宅療養だけではクリアーできなかった問題が解決できるといいと思っています。

写真は昼ごはんです。エンシュアとラコ一ル半分に野菜ジュースです。けっこうな量です。


3年前の生活

ALSを発症して4年が経ちました。4年前は右手の違和感が始まっていましたが、五十肩位にしか考えてなく、毎日仕事に追われていました。8月に夏期休暇が5日ありましたが、2日は会社へ行き余りゆっくりできなかったように記憶しています。
翌年1月に検査入院でALSの告知を受けて、2月末で退職しました。ケアマネージャーと相談して、4月頃から通院の他にリハビリ、ヘルパー介助をはじめましたが、今のように頻回に行なってなくて1週間のスケジュールは余裕があり、体の症状も軽度で食事も普通にできました。

医師からは今のうちに旅行に行って、美味しい物を沢山食べてくださいと言われた時に、旅行に出かけられる期間も長くはないだろうと思い、将来予定していた旅行計画を前倒しして、告知を受けた年は3月から12月までの10カ月間で10回以上旅行しました。家族で、妻と二人で、一人でドライブなど旅行の形は様々でしたが、旅の楽しさをかみしめ、病気であることを忘れて気分転換が図れました。

旅行が集中した10カ月間の期間中には胃ろう造設手術をしてましたが、術後の身体の負担がなく食事は口からの摂取が100%でまだ胃ろうからの経管栄養の必要がなかったので、手術の一週間後には一人で信州八ヶ岳方面へ紅葉を見たくて一泊二日のドライブに出かけました。このときは既に両手が上がらなかったのですが、自動車運転のときは何とかハンドルを握ってしまえば握力が普通の女性位のレベルはあったので支障なく運転できました。ところが予想外のことが起きたのです。宿泊ホテルの朝食がバイキングだったのですが、両手を前へ伸ばすことができなくなっていたので、テーブルに並べてある料理を取ることができません。ジュースの入ったグラスも取れなくてどうしようか困っていたところを他の宿泊者の方が気づいてくれて取ってくれました。
人の温かさを感じるとともに助けてもらうことは恥ずかしいことではないと思い、食後のコーヒーはホテルの係員さんに頼んで持ってきてもらえました..。錦秋の北八ヶ岳の紅葉、中央高速道路の快適なドライブを満喫できたので、次回のドライブを計画してましたが、次第に肩の痛みが悪化してハンドルが切りにくくなり、その後高速道路を運転することはなく、4か月後には運転を断念しました。
あれから2年10ヶ月の歳月が流れ、障害は上肢を中心に進行し、嚥下機能の低下により食事は全て胃ろうから入れています。食べる楽しみはもうありません。一人で外出することも難しくなりました。

発症してからの経過を振り返ってみましたが、告知を受けてからの早期の段階でまとめて旅行をして美味しい物を食べられたことに満足しています。旅行できる、食べられる楽しさをかみしめられたとても充実した期間でした。