難病ALSと闘う inayan777のブログ

私は現在ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と闘っています。この難病は10万人に1人と言われる原因不明の神経性難病です。今から100年以上も昔に発見された病気ですが、現在の医学では治すことができないのです。症状の進行は驚くほど速く、発症して1年3ヵ月後に胃瘻を造設して、その4ヶ月後には両肩関節機能全廃となり、身体障害者手帳3級(現在2級)になりました。介護認定も行っており要介護5になりました。このブログでは発症してから現在までの経緯や日々進行していく身体の変化、日常生活の様子、現在感じていることなどをご紹介していきたいと考えています。私は同じような難病や病気と闘っていらっしゃる方々と共にこの難病と闘い、絶対に乗り越えていこうと思います。また、この難病に少しでも関心をもってくださっている方々からもアクセスしていただければ大歓迎です。日々進行していく病気との闘いとの恐怖の中で、心だけは絶対に負けないように生きていこうと思います。ともにがんばっていきましょう!!

退院しました

一昨日退院しました。




レスパイトが目的でしたが、この病院は検査やリハビリも行ってくださいます。


検査は肺活量と動脈血採血を行いましたが、予想以上に悪化していました。肺活量は7か月の間に49 (発症時100) から39まで低下し、動脈血採血も二酸化炭素含有量が40を超え予想以上に増加していました。

このまま推移していくと1年から半年で呼吸不全になるとの診断でした。医師から気管切開と人工呼吸器装着について意思確認されました。


私はこれで人生を終わりたくないので、辛くても生きたいと返事しました。



気管切開をすると声を失うので、文字盤や意思伝達装置を使いこなせるようにしなければなりませんが、言いたいことが十分に伝えられるのか不安です。


しかし、人工呼吸器を付けて生きていくからには前を向いていくしかありません。



幸いにも進行が遅い方なので考える余裕があります。


同じALSでも、口から発症している患者さんは進行が速く、気持の整理がついていない内に気管切開される方が多いと聞いています。
また、私は大都市に住んでいるので利用できる社会資源にも恵まれています。



呼吸不全になった時に人工呼吸器装着を選択される人の割合が全体の3割程度なのは、家庭環境や経済状態だけでなく、社会資源の地域差も原因の一つになっているのだろうと考えながら病院を後にしました。




入院した時に咲いていた2本の八重桜は散り果てていましたが、代わりにツツジが咲き始めてました。綺麗ですね。心が癒されました。






半年ぶりのレスパイト入院です

今月9日~19日までレスパイト入院してます。



先月の中頃に家内からそろそろ入院してもらわないと体が持たないと言われました。
現在は1週間に約25時間のヘルパー介助を受けていますが、訪問看護、訪問リハビリ等を除くと家内が介助してくれてますので、倒れられると立ち行かなくなってしまいます。


そこで早速病院へ電話予約しましたところ、2週間後に「4月9日にベッドが空きます」との連絡が入りました。



私が住んでいる愛知県では往診医との連携でレスパイトを受け入れてくださる病院もありますが、公に人工呼吸器患者のレスパイトができる病院はここだけのようです。



在宅療養を続けていくためには、年に4回くらいこの病院でレスパイト入院させていただく態勢を造っていきたいと考えています。
入院を重ねて看護師さんやリハビリの先生に名前を覚えてもらうことも大切なことだと思います。



今回は半年ぶりの入院ですが、その間も障害は容赦なく進行していました。


担当の先生から「首がふた回り細くなり、手のひらまで随分痩せましたね。深呼吸しても胸郭が動いてない」と言われ、STさんからは「唾液は半分が呑込めてないです」と言われました。


この半年間で首から手先にかけての筋肉のピクツキが随分増え、以前よりも筋肉の強張り感が強くなりました。肺活量も発症時の半分を切っています。

唾液が上手く呑み込めないので、吸引チューブは1日の殆どをくわえたままになってしまいました。



しかしながら、辛いことばかりではありません。前回の入院でお世話になった先生の他に看護師さん、リハビリの先生との再会は嬉しいですね。




もう一つありました。桜の季節がとっくに終わってますが、八重桜が2本まだ咲いていました。


青空が背景だと美しさが際立ちますね。


私が訪れるのを待っててくれたのでしょうか。(笑)


胃ろう交換をしました

昨日は6ヶ月に1度の胃ろう交換をしました。2014年10月に胃ろう造設手術をしてから6ヶ月毎に行ってますので、今回で7回目になります。



最初の胃ろう交換は造設手術をした大学病院へ入院してましたが、急性期医療の病院なので4回目からは自宅近くの病院へ変わることになりました。


この病院は当初胃ろう交換を在宅で行う予定でしたが、方針が変わり通院での交換しかできなくなり、結局1回だけの通院による交換で終わりました。



新たに在宅で胃ろう交換して下さる往診医を探すことになったのです。ケアマネさんや訪問看護師さんの協力もあり、往診医が見つかり、5回目以降は在宅で行っています。



ALSを発症すると障害の進行の速さや障害部位の順序が患者によってまちまちです。私の場合はALSと診断されて4ヶ月後に医師から胃ろう造設の説明がありました。気持の整理がつかなくて2ヶ月位返事を保留にしてましたが、肺活量の低下が速かったので造設手術を早期に行うよう勧められました。


手術はお腹の表面から穴を開けて口から胃カメラを入れると聞いていたので、大変な手術だと思っていましたが、麻酔が効いて25分位眠っている間に手術は終わりました。手術後は傷口の痛みと夜になると空腹感からくる痛みが加わりましたが、翌朝ロキソニンを飲むと大分治まりました。


ALSを発症して胃ろう造設を拒否される患者さんがいらっしゃいますが、私は胃ろう造設賛成派です。嚥下機能が低下して1年前から食べること、飲むことができなくなった私には胃ろうからの経管栄養が生命線だからです。



おへそから数センチ上の所に穴をあけ胃瘻を造って、ここから栄養を入れます。



胃ろう交換後の1年位は以前より時間がかかりましたが、飲食が普通にできました。今のうちに美味しい物を一杯食べようと一人で外食もしましたが、予想以上に短い期間となりました。


ラーメン店では腕の筋力が落ちて丼が持てなかったり、お寿司屋さんのランチタイムでは食べるのに1時間かかってしまい、30名位で満席だった部屋が気がつくと自分一人になってました。


また、腕の筋力、嚥下機能の低下の他に味覚も侵されていました。大好きな王将の熱々でパリパリの餃子を食べても美味しいと感じなくなりました。1ヶ月位経つと忘れてしまい、再度王将へ行き餃子を注文しましたが、味覚は変わりませんでした。



2年前に3回目の胃ろう交換で大学病院へ入院したときの食事です。フードプロセッサーでペースト状にしてあればなんとか食べることができました。



口からの呑み込みが疲れるようになってくると摂取量を減らしていき、逆に胃ろうからの栄養を増やしていきました。


1年前はミキサー食をほんのわずかですが、口から入れて味を楽しんでましたが、昨年6月に誤嚥性肺炎を起こしてからは口からの一切の摂取を止めました。



現在胃ろうからの経管栄養はシリンジで入れることもありますが、主食のエンシュア250CC(370cal)を1日3回点滴でゆっくりと入れてます。


エンシュアだけでは物足りないので野菜ジュースをこの他にも水分補給にアクエリアスやポカリスエットを入れてます。



口からの飲食を止めてもうすぐ1年になります。
お寿司、すき焼き、天丼、鰻丼、牛丼、ラーメン、きつねうどんが食べたいと思うと辛くなります。
しかしながら、発症5年目でまだ発話ができて足が動かせるのはありがたいことです。
食べること、飲むことの楽しみを失っても大したことではない、生かされていることがどんなに尊いことなのかと感じます。


胃ろうからの経管栄養で健康状態を維持できているのは凄いことだと思います。7回目の胃ろう交換を無事終え、改めて往診医の先生、医療スタッフの皆様に感謝です。