難病ALSと闘う inayan777のブログ

私は現在ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と闘っています。この難病は10万人に1人と言われる原因不明の神経性難病です。今から100年以上も昔に発見された病気ですが、現在の医学では治すことができないのです。症状の進行は驚くほど速く、発症して1年3ヵ月後に胃瘻を造設して、その4ヶ月後には両肩関節機能全廃となり、身体障害者手帳3級(現在1級)になりました。介護認定も行っており要介護5になりました。このブログでは発症してから現在までの経緯や日々進行していく身体の変化、日常生活の様子、現在感じていることなどをご紹介していきたいと考えています。私は同じような難病や病気と闘っていらっしゃる方々と共にこの難病と闘い、絶対に乗り越えていこうと思います。また、この難病に少しでも関心をもってくださっている方々からもアクセスしていただければ大歓迎です。日々進行していく病気との闘いとの恐怖の中で、心だけは絶対に負けないように生きていこうと思います。ともにがんばっていきましょう!!

支部総会に参加しました

先週の日曜日は年に一度の支部総会に参加しました。➀総会、②講演、③患者家族交流会の3部構成でした。


講演が終わって患者家族交流会に入る前にギター演奏があり、少し明るい雰囲気になりました。



参加者は患者家族の他に医療・介護関係者、看護学校の先生と学生、医療・福祉機器メーカーなどざっと100名位いらっしゃいました。その内患者家族が25組40名位でした。



私は4回目になりますが、1回目の時にお会いした患者さんはわずか3名でした。3名という数字からALS(筋萎縮性側索硬化症)が如何に症状の進行が速い難病であるかが読み取れます。寝たきりになると参加はかなり難しくなるからです。



患者家族会は3グループに分けられ、私はALS告知を受けて浅い人が集まっているグループに入りました。
各人が語られた主な内容の一部を紹介します。


Aさん 55歳(女性)
2017年11月確定診断。球麻痺が進行して呂律が回らない。4月に胃ろう造設手術をしたが、食事は普通食をゆっくり食べている。


Bさん(男性)
2017年12月診断。球麻痺。ALSを受け入れられない。人工呼吸器を装着しない。早く死んでしまいたい。


Cさん 67歳(奥様が出席)
発症5年。右腕に強い症状があり首が前に垂れる。歩行器でトイレ。浴室に手すりを付けた。社会資源を全て利用している。毎日をニコニコして生活している。


Dさん 46歳(女性)
母方の親族がALS。2017年2月確定診断。一人暮らし。首が不安定
ソーシャルワーカーに相談して社会資源や公的扶助を利用している。先が見えて安心している。旅行を楽しんでいる。延命は望まない。


Eさん 63歳(奥様が出席)
2017年6月確定診断。全てに介助が必要。施設で暮している。
胃ろう造設、NPPV、気管切開は行わない。生きていくことに疲れた。


私は先を見据えて早めに準備をしておくことによって抱えている不安が少し和らいだこと、同じ位の重症度患者でもケアマネージャーによって要介護度に差があることなどについて話しました。



同じ病気でも症状が各人異なり、前向きに過ごしている人もいれば諦めてしまっている人もいらっしゃいます。
そんな中、病気をしっかりと受け入れ、元気な今を楽しんでいる方のお話を聴いて感銘を受けました。



私は身体の症状がかなり進行しているので、この先患者家族交流会への参加も長く続かないかもしれない。今回ご一緒した方と次回はお会いできるだろうか。

そう考えると同じ病気で不安を抱える患者・家族が語り合う時間がかけがえのない尊いものに感じられました。




往診医の指示で急きょ入院しました

半月前のことですが、数日間微熱が続いたため往診医の指示で急遽入院となりました。
先月退院したばかりでしたので、今回は想定外の入院でした。



昨年嚥下機能低下による誤嚥性肺炎を起こしてからは一切の飲食を止めて、栄養や水分補給は胃ろうから入れてます。

食べられない辛さを克服しようと頑張ってきましたが、ALSという病魔は容赦なく体を蝕んでます。



唾液を呑込むと正常な状態では気道の入口が弁で閉じられ、食道へ流れていくのですが、嚥下機能が麻痺すると唾液全部を呑み込みきれず、残った唾液が咽頭に溜まり溢れると弁が開いている気道へ流れて誤嚥性肺炎を起こすのです。



9日間で退院しましたが、今後も肺炎が再発し死に繋がることもあるので、医師から早期に気管切開を行うことを勧められました。



前月入院の時は医師から速ければ半年後位になるかもしれませんと聴いていたので、こんなに速くなるとはショックでした。



気管切開は人工呼吸器を付けて生きていくためには、誰もが通らなければならない道なのですが……。


2年前に気管切開手術をされた方の病室を訪ねたことがありました。喉をメスで切られてパックリ口が開いた部分を見せてもらった時は鳥肌が立ちました。



今は手術に対する恐怖心もありますが、術後の生活の方が心配です。

スピーチカニューレを付けると声を発することができるとのことですが、発話ができなかったときは文字盤や意思伝達装置を使う生活になれることが必要となります。




手術については入院中ベッドの中で随分悩みましたが、もう逃れられないことなので覚悟を決めます。スピーチカニューレについては不明な点をクリアーしたいです。



ALSは上肢から発症する人、下肢から発症する人、球麻痺型といって口から発症する人と3つのタイプに分類されますが、球麻痺型の
人は呼吸機能の低下が速いので気管切開を早期に実施している人が多いです。




私は幸いにも上肢から始まったので、ALSの診断から4年間様々な情報を収集することにより、療養環境の整備を進めることができました。医療・介護スタッフに支えられて前を向いていくことが大切だと考えています。












昼間もバイパップ使用してます

昨秋より就寝時のみバイパップ(NPPV)を使用していましたが、今は昼間の使用も少しずつ増やしています。



今まで息苦しさや頭痛を感じませんでしたが、先月の動脈血検査ではCO2が46%に増加し呼吸機能低下が進んでいるので、医師から半年後位に人工呼吸器(TPPV)を装着することになるかもしれないと言われました。



5日位前から軽い鈍痛があり、体温が平常時よりやや高めですが、訪問看護師さんにその事を連絡すると昼間も少しバイパップ(NPPV)を付けるよう指示がありました。



息苦しさを感じないのですが、家内が心配して昨日は午後からバイパップを付けての昼寝を強制されました。


今日は日曜日にもかかわらず、訪問看護師さんが診察に来て下さいました。抗生剤を処方してもらい様子を見ます。


退院しました

一昨日退院しました。




レスパイトが目的でしたが、この病院は検査やリハビリも行ってくださいます。


検査は肺活量と動脈血採血を行いましたが、予想以上に悪化していました。肺活量は7か月の間に49 (発症時100) から39まで低下し、動脈血採血も二酸化炭素含有量が40を超え予想以上に増加していました。

このまま推移していくと1年から半年で呼吸不全になるとの診断でした。医師から気管切開と人工呼吸器装着について意思確認されました。


私はこれで人生を終わりたくないので、辛くても生きたいと返事しました。



気管切開をすると声を失うので、文字盤や意思伝達装置を使いこなせるようにしなければなりませんが、言いたいことが十分に伝えられるのか不安です。


しかし、人工呼吸器を付けて生きていくからには前を向いていくしかありません。



幸いにも進行が遅い方なので考える余裕があります。


同じALSでも、口から発症している患者さんは進行が速く、気持の整理がついていない内に気管切開される方が多いと聞いています。
また、私は大都市に住んでいるので利用できる社会資源にも恵まれています。



呼吸不全になった時に人工呼吸器装着を選択される人の割合が全体の3割程度なのは、家庭環境や経済状態だけでなく、社会資源の地域差も原因の一つになっているのだろうと考えながら病院を後にしました。




入院した時に咲いていた2本の八重桜は散り果てていましたが、代わりにツツジが咲き始めてました。綺麗ですね。心が癒されました。