難病ALSと闘う inayan777のブログ

私は現在ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と闘っています。この難病は10万人に1人と言われる原因不明の神経性難病です。今から100年以上も昔に発見された病気ですが、現在の医学では治すことができないのです。症状の進行は驚くほど速く、発症して1年3ヵ月後に胃瘻を造設して、その4ヶ月後には両肩関節機能全廃となり、身体障害者手帳3級(現在2級)になりました。介護認定も行っており要介護5になりました。このブログでは発症してから現在までの経緯や日々進行していく身体の変化、日常生活の様子、現在感じていることなどをご紹介していきたいと考えています。私は同じような難病や病気と闘っていらっしゃる方々と共にこの難病と闘い、絶対に乗り越えていこうと思います。また、この難病に少しでも関心をもってくださっている方々からもアクセスしていただければ大歓迎です。日々進行していく病気との闘いとの恐怖の中で、心だけは絶対に負けないように生きていこうと思います。ともにがんばっていきましょう!!

ピョンチャン五輪が始まりました

ピョンチャン五輪が始まりました。


普段は家族の介助で午後10時頃に寝ていますが、先月嫁いでいった娘が泊まりに来てくれたので、開会式のテレビ中継を最後まで見れました。




私は両手が麻痺しているので、衣服の着脱は3年位前から介助してもらっていましたが、就寝時に布団を掛ける時は、2年前でも両膝を使って布団を胸の位置まで運んで何とか自力でできたので、自分で寝たい時に寝ていました。夜型なので深夜まで起きていることが多かったです。


ところが、最近は布団を上手く掛けられなくなり、また、口腔内で唾液の取り回しが上手くできなくなると就寝中も吸引チューブを銜えながら寝るようになり、寝床に就くときは家族に介助してもらっています。




また、昨年の10月からは就寝時にNPPV(呼吸補助マスク)をセットしてもらっています。




こんな事情で深夜まで起きていることができなくなり、23時以降のテレビ番組が見れなくなりました。

更に先月娘が結婚して出て行ってからは、夜の身体介助をしてくれる人は家内しかいないので、就寝時刻は1時間早くなり22時頃になりました。


新聞はページがめくれなくなった昨年5月に購読をやめたので、情報不足を補うために21時以降のテレビは主にNHKニュース、報道ステーション、ニュース23などを見てましたが、今はNHKニュースだけです。

過去を振り返ると健常者だった頃、休日に喫茶店でモーニングコーヒーを飲みながら、複数の新聞や雑誌にゆっくり目を通した時間は至福のひと時でした。


当たり前にできたことが段々とできなくなり、楽しみが少なくなっていく中で、ピョンチャン五輪LIVEをテレビで見れるのはなんと贅
沢なことかと思います。



どの競技も楽しみですが、スピードスケート500mはわずか30数秒と一瞬のうちに決まってしまうので、いつもハラハラドキドキしながら見てます。スキージャンプの葛西選手をはじめとして日本人選手には本番で全力を出し切ってもらいたいですね。メダル期待がかかる競技が注目されますが、個人的には偶然にも私が在籍していた大学クラブの後輩にあたる人が出場するショートトラックにも注目しています ‼




娘の結婚式

先日娘の結婚式がありました。


 難病ALSを発症して障害が進行していく中、出席できるか不安を抱えておりましたが、何とか娘の晴れの日を迎えることができました。



父親としては精一杯の愛情を注いできたつもりでした。しかしながら、娘は物心ついてくると、私の干渉が鬱陶しく感じていたようで、
娘との距離を模索する時期が長く続きました。


そんな中、私が病気を患って介護を必要とする体になってしまうと、娘は自分の仕事の傍らで私や妻を一生懸命に助けてくれました。父親としては嬉しい反面、結婚して幸せになってほしいと願っておりました。



実は娘には3年前から付き合っている人がいたのです。家内と息子は知っていましたが、私には2年間伏せられていました。そのうちに親戚にまで知れ渡り、最後に私に告げられたようでした。(笑)



一年前に突然告げられた時は少々歳が離れていることもあって、嬉しさ、驚き、ショックなどなど気持ちに混乱を抱えることとなりました。


しかしながら、その後何度か新郎にお会いして誠実な人柄に触れ、娘もとても頼りにしていることを目にするうちに、気持ちも整理がつきました。




披露宴会場ではこんな格好でした。



新婦の父にも挨拶の時間を設けていただきました。声が出にくくなりましたが、何とかがんばりました。



ヘルパーさんに支えられて、バージンロードを娘と歩けたことは忘れられない思い出となりました。


久しぶりに親戚が集まり、盛り上げてくれて楽しい結婚式でした。こんなに心地よい気分を味わったのは何年ぶりでしょうか。


病気になってから辛いことが多いですが、生きていれば楽しいこともありますね。今はとても幸せな気分です。


嚥下障害について

ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症して4年7ヶ月、診断を受けて4年になります。 障害の進行は1日ごとではわからなくても、1ヶ月ごと、半月ごとで検証すると明らかに進行しているのがわかります。


昨年末に唾液と鼻炎からくる鼻漏が途切れることがなく、低圧持続吸引器での吸引では追いつかなくなり、誤嚥して熱を出してしまいました。その時からはパワーのある大型吸引器だけを使用しています。



低圧持続吸引器は熱帯魚用水槽で使われているモーターを改造した手作りです。


現在はこの大型吸引器を使用しています。



ALSでは口、舌、喉などの周辺の筋肉の力が低下するため、口の中で唾液をとり回し、呑み込むことが難しくなっていきます。


私の場合は発症1年目から症状があり、次第に口を大きく開けられなくなり、舌も縮んで、昨年誤嚥性肺炎を起こしてからは口からの飲食ができなくなりました。一方で私の知っている人で発症10年目で口と舌の症状が速くて発話が難しいですが、口からの飲食がゆっくり時間をかけてできる人もいます。


口や舌や喉の麻痺症状(球麻痺と書いてきゅうまひと読みます)がいつやって来るのかは、発症してから早い人や遅い人があってまちまちです。




唾液を呑込むだけでどうして誤嚥するのでしょか?
健常者の皆さんはこういう疑問を持たれますよね。


1日の殆どを吸引してます。



喉の中は食道と気道に分かれているのですが、口から入った飲食物は健常者であれば、弁が自動的に動いて食道へ流れていきますが、ALSで嚥下症状が進行している人は、ゴクンと呑込むときの喉ぼとけの上下運動が弱くなり弁が正常に動かなくなると誤嚥を引き起こします。また、喉の奥にある窪みに溜まりやすく、窪みに溜まった唾液が溢れて肺に流れ込んで肺炎を起こすこともあります。


1年前は既に食事の大半を胃瘻から入れて、口からはミキサー食かキザミ食の少量を入れてました。お寿司ですと2貫位しか食べられなかったので、4貫をハサミで四つに切って、4種類の味を楽しんでました。しかし、嚥下症状が更に進み、この食べ方も長くは続きませんでした。




口からの飲食が全くできなくなったことへの苦痛はありましたが、気管切開を遅らすためには我慢するしかありません。
今は唾液の誤嚥を回避するための新たな課題に取り組んでいます。